むすびplusMUSUBi Report

【免疫力UP情報】和食はよみがえるか②

【免疫力UP情報】
過去のむすび誌や正食出版発行書籍から抜粋してご紹介致します。
第33弾は「むすび誌2015年3月号」より和食はよみがえるかの記事をご紹介します。(全回)。
-----------------------------------------------------------------------------------

白米に執着してきた先人たち

一方では麦や雑穀も交ぜて

 ―主食であるごはんは、どのように形成されてきたのでしょうか。

 歴史学者によってもいろいろ考え方の違いはありますが、やはりお米をつくり始めた頃から白米は食べてるんですよ。

 平安時代の貴族は白米を食べていたでしょうし、江戸時代になると、江戸の庶民も白米を食べていました。

 「白米を食べたい」というのが日本人の欲望ですが、でも実際には、庶民は白いごはんばかりを食べる経済力がありませんから、麦はもちろん雑穀が当然交ざっていただろうし、精白の度合いも今みたいな完全な精白ではなかったと思います。

 ―雑穀というのは、ヒエやアワといったものでしょうか。

 そうです。それから糅(かて)といわれる増量剤ですね。そういうものを交ぜて食べるということは、もちろん昔からあったと思います。


本来の野菜といえる「山菜」を

たくさん食べていたのでは

 ―おかずというと、和食ではさまざまな野菜料理が発達しました。外来のものも含めて今は豊富な種類の野菜がありますが、もともと日本にはそんなにはたくさんの種類の野菜はなかったのでしょうか。

 確かに野菜の種類は豊富になってきたと思いますが、昔は野(や)にあるものをいろいろと食べていたと思います。

 「野菜」という言葉が本来おかしいので、野獣という言葉があるように、家畜化されていないものが野でしょうから、そういう意味では「園菜」と言った方が本当はいいのではないかと思います。

 そうすると、人工の手が加わっていないものは何かというと、山菜です。山菜が本来の野菜なんでしょうね。

 つまり、野にあるものがドメスティック(家庭)に栽培されるようになったときに、今でいう野菜というものが誕生してくるわけです。山にあって人工の手が加わっていないものをたくさん食べていたわけで、山菜だってものすごい種類があります。一概に「昔は野菜の種類が少なかった」とはいえないでしょうね。


鍋とともに発展した煮物文化

けんちん汁が古い汁の姿か

 ―「日本料理の歴史」の著書の中で、「茹で物」に代表される煮物に野菜料理の妙があるとありました。

 須恵器などで煮炊きしてと、煮物は古くからあったと思いますが、鉄の鍋というものは貴重品ですから、そういうものが普及してくる中世になって、煮物の文化というものが非常に豊かになってきたのではないかと思います。

 焼いたり蒸したりしては、うま味はなかなか伝わってこないでしょうけども、煮ると汁気の中にうま味が濃厚に込められてきて、そういう経験がだんだん日本人の中で重なって、うま味の文化というものをつくってきたのではないかという気がします。

 日本の煮物の文化は、汁が中心となって非常に発達しました。古くは非常に大事なメインディッシュでもあり、のちになると、汁物として、ごはんにつくものというかたちが出来上がってきます。

 ―汁というと、例えば、西洋のスープとはどう違うのでしょうか。

 近いところがあると思いますが、むしろ西洋のスープに近い日本のものというと、雑煮ではないかと思います。

 スープは「飲む」と言わないで、eat と「食べる」という感覚で、具だくさんのごった煮的なもの、実だくさんの汁ということです。

 日本の具だくさんなけんちん汁やせんべい汁などが、汁の古い姿ではないかなと思っています。

 もちろん和食では汁だけを食べるということはないので、主食のごはんを食べるためのお菜としての汁です。

 

おかずがなくても成り立つが

常備できる漬物は外せない

 ―基本的な献立の一つとして、漬物が和食に欠かせない重要なものと、改めて気づきました。漬物は、ごはんや汁が登場する前後からあったのでしょうか。

 そうだと思います。

 もちろん奈良時代の文献の中にも漬物が出てきますし、もっと古くに、弥生時代には必ずあったと思います。

 発酵させて保存するということは、食文化の中では非常に大事な柱ですね。

 基本的に漬物は、野菜を保存するための技術ですから、保存したものは当然、酸っぱくなるし、塩を入れてありますから塩辛いし、だからもつわけですよね。もたせることで、いつでも常備できるというのが、漬物の大事な要素です。

 そうすると、極端なことをいうと、ごはん、汁、おかず、漬物という四つの構造の中で、何がなくても大丈夫かというと、漬物ではなくておかずなんですね。

 ですから、飯と汁と漬物があれば食べられるというのが本来の和食です。漬物を外してしまうということは、本来考えられないことなんですね。

 

調味液漬けで崩れた漬物文化

本来の発酵食品として復活を

 それほど漬物というものが、非常に重要な位置を占めていました。

 それは、ついこの間まではそうだったということですが、だけど今はそういう時代ではなくなって、この二〇年間くらいの間に漬物文化は本当に崩れてしまったわけです。

 ―しかも、日本人が食べる漬物というと、たくあんやぬか漬けなどの日本の伝統的なものより、キムチを好む人も多いようです。

 でも、キムチの方がまともなわけです。発酵させてますからね。

 今の日本の漬物は、調味液漬けで、発酵させないものがほとんどです。そういう意味では、日本の今の漬物の大半は発酵食品ではありません。

 本来の発酵食品である漬物を復活させないといけないですね。

 

毎日ハレの食事になった現代

時々はケにして自分に戻ろう

 ―日本文化では、よくハレとケがあるといわれます。

 かつては、食事だけではなく、ハレとケというものがはっきりと区別されていました。

 ところが、ハレがケ化してしまう、非日常的なものが日常化してしまうということが起きたのが、近代なんです。

 ある意味で、ハレとケというのが生活の中からなくなってしまい、今は毎日ハレの食事になりました。

 ですから、ケというものがだんだんなくなってしまって、毎日同じものを食べてはいけないとか、何か新しいものを食べないといけない、おいしいものを食べないといけないというようになりましたが、そんな必要はないんですよ。

 そういうことではなくて、ハレとケという区別をもうちょっともった方がいいのかもしれませんね。

 ずーっとハレで突っ走っていると、緊張感が高まって、本来の自分の姿が見えなくなってきてしまいます

 今、よくオフとオンという言い方がありますが、やはりときどき生活をオフにして、自分の本来の姿を取り戻すというのがケです。


【免疫力UP情報】和食はよみがえるか③へ


-----------------------------------------------------------------------------------
熊倉功夫(くまくら・いさお)

1943年東京生まれ。65年、東京教育大学文学部史学科卒業。文学博士。筑波大学教授、国立民族学博物館教授、林原美術館館長などを歴任。2010年に静岡文化芸術大学学長に就任、現在に至る。「和食」文化の保護・継承国民会議会長。著書に「日本料理の歴史」(吉川弘文館)、「茶の湯といけばなの歴史 日本の生活文化」(左右社)、「後水尾天皇」(中公文庫)、「文化としてのマナー」(岩波書店)、「現代語訳 南方録」(中央公論新社)、「茶の湯日和 うんちくに遊ぶ」(里文出版)などがある。

 

 

  • 2025年06月13日 12時49分更新
  • ブログカテゴリー: