ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に和食が登録された一昨年12月から、一年余りがたちました。
昨年暮れには、今度は和紙が同じく無形文化遺産に登録され、二年連続登録といううれしいニュースにわきました。
しかし、私たちがいくら「世界に誇る和食、和紙」と胸を張っても、いったい日本人はどれほど和食を食べ、和紙を使っているというのでしょうか。例えば、主食であるはずの米の消費量は年々低下し、2011年には一世帯当たりの支出額でパンが米を上回りました。和紙にいたっては、紙幣を除けば、日常生活でふれることはほとんどありません。
実は、次代に残すべき世界的な「遺産」となったということは、わざわざ登録をして保護と継承に努めなければいけないほど、その存続が危ぶまれているのだ、ということにほかなりません。
そうです、和食は 「危機に瀕した文化」 なのです。
静岡文化芸術大学学長の熊倉功夫さんは、和食に関連したさまざまな個人や機関が参加した「日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会」の会長を務めて無形文化遺産登録の実現に尽力し、登録後は「和食」文化の保護・継承国民会議会長として、文字通り和食文化を次世代に引き継ぐための活動を積極的に推進しています。
伝統食をもとにしたマクロビオティックも、和食の未来の行く末に無関係・無関心ではとうていいられません。
熊倉さんのインタビューをとおして、和食を伝えるための課題や私たちにできることを考えます。
Interview
基本は「ごはん・汁・おかず・漬物」
静岡文化芸術大学学長 熊倉功夫氏
日本の食文化を捨てないよう
危機的な状況に気づく機会に
―和食がユネスコの無形文化遺産に登録された意義について、まず教えて下さい。日本の伝統的な食文化が世界的に注目されている、ということでしょうか。
世界が注目しているから登録された、ということでは必ずしもないんですね。
ユネスコの無形文化遺産保護条約というのは、どこそこの食文化より日本の食文化の方が優れているといった、優劣の判断は一切ありません。
人類の無形文化遺産の代表的な一覧表へ記載(登録)することによって、その文化の保護と継承を支援するというのが、ユネスコの真の意図なのです。
日本人にとって和食という食文化がそれほど大事だということですが、逆に言うと、いま日本の和食文化を日本人が捨ててしまいそうなくらい、危機的な状況にあるということです。
そこが一番の問題点で、この際、条約の代表一覧に登録することによって、われわれがそういう大事な文化遺産である和食を簡単に捨ててしまっていいのか、ということに気づくきっかけになればいいということです。
無形文化遺産登録の担い手は
私たち一人ひとりの日本人
―日本食や日本料理、伝統食などという言い方もありますが、「和食」という言葉にはどんな意味が込められているのでしょうか。
日本料理というと高級な料理屋さんの料理というイメージがあります。もちろんそういう高級な料理も含めて、家庭の食や庶民の食といった、日本人全体が享受している伝統的な食文化を包括する言葉として「和食」がいいのではということです。
―ということは、無形文化遺産登録の主体は、私たち日本人一人ひとりであるということですか。
そうです。国民全体がその担い手であるということですね。
家庭料理を象徴する一汁三菜
膳が増えれば三汁八菜などに
―和食を表現する言い方として、よく「一汁三菜」といわれます。
一汁三菜という言葉が独り歩きしていますが、それは簡単にいえば、おもてなし料理に対する家庭料理という意味なんですね。
おもてなし料理の場合にはお膳が二つ以上出ます。お膳が二つ以上出た場合は汁が二つ以上出て、例えば、二汁五菜とか、三汁八菜とか、いろんなグレードの料理があります。
「○汁○菜」という言葉は、汁とおかずの数が変わる、変数であることで食事のグレードを表示する仕方であって、一汁三菜自体に意味があるわけではありません。
汁が一つということは何かというと、お膳が一つしか出ないということですね。おかずは三菜である必要はない。一菜でも二菜でも三菜でも、おかずの数は変わってもよいのです。
必ずついているのが漬物とごはんなので、それは数える必要がない。必ず一種類しか出ませんから。
そうしたことがあるからこそ、一汁三菜という言葉が家庭料理の表現として意味があるわけです。
大事なことは、ごはんと汁とおかずと漬物という四点構造が、和食の基本的な献立ということです。
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熊倉功夫(くまくら・いさお)
1943年東京生まれ。65年、東京教育大学文学部史学科卒業。文学博士。筑波大学教授、国立民族学博物館教授、林原美術館館長などを歴任。2010年に静岡文化芸術大学学長に就任、現在に至る。「和食」文化の保護・継承国民会議会長。著書に「日本料理の歴史」(吉川弘文館)、「茶の湯といけばなの歴史 日本の生活文化」(左右社)、「後水尾天皇」(中公文庫)、「文化としてのマナー」(岩波書店)、「現代語訳 南方録」(中央公論新社)、「茶の湯日和 うんちくに遊ぶ」(里文出版)などがある。