ブログ「マクロなポケット」Blog

【健康情報】2019年4月号 タネと私たちの暮らし③

伝統の味が世界の宝に

・ノンフィクション作家 島村奈津さん

 イタリア発のスローフード運動をいち早く日本に紹介して、スローフードブームを巻き起こしたノンフィクション作家の島村奈津さんは、イタリアをはじめとする諸外国のみならず、国内を含む各地で守られてきた在来品種や伝統的な食文化にいま、大きな関心が寄せられていることを紹介しました。

アマルフィのレモン栽培
 地中海に面したイタリア南部のアマルフィ海岸。沿岸の急斜面に張りつくように築かれた都市の美しい景観は、ユネスコの世界遺産にもなっていますが、観光客でにぎわう街の上に、小さな段々畑が折り重なるようにつくられています。
 島村さんによると、崩れやすい石灰岩でできた岸壁に、19世紀頃に土が運ばれてレモン栽培が始まりました。
 ところが、とても安価なアフリカ産やスペイン産のレモンが市場に出回るようになると、アマルフィのレモン農家は苦境に立たされました。
 しかし、レモンづくりがすたれて段々畑が荒廃してしまうと、土壌が流出してがけ崩れが起きる危険性があります。もしそうなると、観光資源である貴重な景観が損なわれ、地域経済にとっては大打撃です。
 そのことに気づいた地元の人たちは、在来種のレモンと段々畑、そして美しい景観を守ろうと、畑の管理に努める一方、レモンジュースをつくるなど六次産業化にも取り組みました。
 「食べものが、地域の景観と観光にどれだけ密接にかかわっているか、一目でわかります」と、島村さんはアマルフィの風景写真を示しながら解説しました。

ひと手間かけたトマト人気
 イタリア人の食卓に欠かせないニンニク。中国産の安くて大きなニンニクが市場を席巻し、イタリアのニンニク生産者たちは、国内産の価値を消費者にどう伝えるか、とても苦労しているそうです。
 「玉ネギも中国からたくさん来ていて、イタリアの昔ながらの赤玉ネギは値段が倍くらいもします。トスカーナにある古い町で13世紀ぐらいからある赤玉ネギは、ほとんど消えかけていましたが、地元の人たちが復活させました」
 ナポリに近いベスビオ火山のふもとの乾燥地にできるトマトは、ミネラルが豊富です。糖度が低いので、収穫した実をたくさん結わえて一?二か月干すと、熟して上品な甘さになります。
 ひと手間をかけて付加価値を高めたトマトは人気を呼び、生産者も二倍に増えて、地元の若者たちが開発した缶詰は一大ブランドに育ちました。


イタリアにも魚醤文化
 イタリアにも、「コラトゥーラ」と呼ばれる魚醤(ルビ=しょう)の文化があります。
 アマルフィ海岸の漁師町で八〇〇年も続くイワシの魚醤で、不振のマグロ漁に代わって町おこしとして盛んになり、いまでは三越百貨店の棚に並ぶほどになっています。
 秋田・男鹿半島でハタハタを使った「しょっつる」をつくっている人たちは、遠いイタリアのコラトゥーラを知って「同じだ」と驚き、とても励まされたそうです。
 また、シチリア島にあるピザ屋は、粉だけも十種類ある中から選んで楽しめます。「その中に在来種三種のブレンドがあります。古代小麦、スペルト小麦と呼ばれているものは、倍くらいの値段で売れています」
 中部のアブルッツォ州の1200?1600メートルの山間地では、何種類かの小麦とレンズ豆が栽培され、レンズ豆料理を食べに世界中から観光客が押し寄せています。
 日本の例として島村さんは、五十種類もの在来の野菜を食べることができる三重県のレストランを紹介しました。
 もともと看護師だった若い夫婦が、医療現場ではなかなかできない「癒やし」を模索する中で、新婚旅行先でアメリカの先住民たちに出会い、食に行き着きました。

意識の変化が社会改革に
 スローフード運動は、1986年にローマにマクドナルドが進出したのを機に、世界を覆う味の均質化にあらがい、「味と食文化の多様性を守ろう」と始まりました。
 スローフード協会は発足当時、①質の良いものをつくってくれる小さな生産者を守る、②子どもたちを含めた消費者の味の教育、③在来種や伝統漁法など希少な農水産物や伝統の味を守る?という三本柱を掲げました。
 「地域の農産物や加工品を守ることは、オーガニックを含め、環境にいい、人間にもいいだけではなくて、これから間違いなく地域の経済を支えていく一つのカギになります。世界が均質化していく中で、この地域で、この時期にしか食べられない食品は、価値をもたないはずがありません。まさに世界の宝です」
 スローフード運動にはその後、「食の南北問題」という視点が加わります。
 「消費することに専念して大量に食料廃棄をしてしまう先進国と、生産地・原産地に成り下がって買いたたかれる南半球を中心とした地域の格差の是正が大事だ、ということです」
 遺伝子組み換え種子と農薬をセットにしたビジネスモデルに対抗して、地域の農家が自由にタネにアクセスできる権利も重視されるようになりました。
 「ふだん食べている私たちが、ちょっと意識を変えることで大きな社会変革ができます。次の子どもたち、孫の世代に、原発のごみしか残さなかったねと言われないよう、みなさん一人ひとりが主役です」
 島村さんのことばに、多くの人がうなずきました。

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島村菜津(しまむら・なつ)
1963(昭和38)年、福岡県出身。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。イタリア美術史を専攻し、卒業後イタリアへ留学。著書には十数年にわたって取材したイタリアの食に関する『スローフードな人生!』、『エクソシストとの対話』(21世紀国際ノンフィクション大賞優秀賞)など。ニッポン東京スローフード協会会員。
  • 2020年05月25日 09時23分更新
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