このコーナーでは、過去の「むすび」誌の記事から、皆様の健康的な生活に役立つ情報をシリーズで特集して、掲載していきます。
少しの時間、そんな知識にふれて、心をナチュラルに戻すのもきっといいはず。
今回は「追悼 岡田定三前会長」です。
内容は毎月更新します。少しの時間、そんな知識にふれて、心をナチュラルに戻すのもきっといいはず。
遺された言葉をコンパスに
創始者・桜沢如一先生を源とするマクロビオティックの本流の系譜を引き継ぎ、発展させた岡田前会長。まとまった著書の形では一般の目にふれることは少なかったものの、本誌では執筆をはじめ、インタビュー、講演録、対談、鼎談など、さまざまなかたちでマクロビオティックの思想や精神を縦横に語りました。バックナンバーをひもとけば、平易ながら深い、そして洒脱な人柄をしのばせる、魅力にあふれた思索の軌跡をたどることができます。
それらはいずれも、その時どきの時代の変化に右往左往しがちな私たちに、マクロビオティックという不動の灯台からあたたかな光を与えて、勇気と自信をよみがえらせ、向かうべき指針をさし示す羅針盤(コンパス)ともなりました。そんな中から、本誌に掲載された晩年の文章をいくつか紹介します。
なお、再録にあたっては、初出時の文章の一部にとどめ、読みやすいよう再編集しました
私は16歳の時に初めて桜沢如一先生にお会いしたのですが、その時に面白い質問をされたんです。
20人ぐらいの若者がいる中で、私一人が高校生、一年生。いきなり、「君ね、嫌いなものがあるだろう?」「はい、あります」「嫌いなものを好きになるにはどうしたらいいんだ?」と。
妙な質問をされるなあと思って、桜沢先生は、質問したら必ず即答を要求される先生でしたので、なにか答えなきゃいけない。それで、その時は「はい、私は、嫌いなものを別に好きになる必要はないと思います」と素直に思ったとおりに答えたんです。「うーん、傲慢なやつだな」とひと言おっしゃった。傲慢というのはどういう意味かなと、もうひとつよくわからなかったんですが。
実は嫌いなものが多ければ多いほど、人間的にみると器が小さいということです。そのことに50歳ぐらいの時、ふっと気がつきました。
そうすると、人類が求める平和を実現しようとしますと、個人個人の内なる問題を根本的に解決する方法を見出さない限り、人類全体の平和なんてものはありえないなと。個人個人が争う心、対立する心、嫌なものがいっぱいある心。排他性ですね。それをなくしていかないと、平和といっても実現は理想でしかない。絵にかいた餅だと。
私はこの料理教室をやっていて、食を変えたら、人間の心が変わるんだと。和やかになりました、人に感謝する気持ちが湧いてきましたとか、これはすごい道だなと。そこで桜沢先生が戦後、昭和22年か23年頃、「世界政府」という新聞を出されて、平和運動をおやりになった意味が初めてわかった。
マクロビオティックをやっていまして、この頃、年を経るごとに、桜沢という先生の偉大さを、これほどの人を理解する日本人がほとんどいないということに、私はもう残念で仕方がない。
それほど、この桜沢という人の思想というか哲学というか、本当に日本が誇るべき最高の世界遺産がここにある。すべての人が求める幸福への道、平和への道、そういうことを歴史上で、初めて、食を通じてやろうとした。つまり、生物学的、生理学的な面からの人間革命です。
(2010年4月号「岡田定三会長講演録 感性的正食のすすめ」)
マクロビオティックは学校で習う学問とは違います。生きた実学ですから、知識を得るだけではダメなんです。玄米を炊くことだけでも、繰り返しが必要です。きんぴらごぼうがうまくつくれるには、相当の稽古が必要です。身についたものにならないと本物ではない。
だから、陰陽や望診法の勉強もいいんですが、そういう知識を得ても、その人の人格とか中身が立派になるわけではない。
人間を磨くということは知識を得ることではない。知識も必要ではありますが、この体を使って掃除をしたり人に親切にしたり、笑顔で周囲を明るくしたり、家族のためにおいしくて健康になるような料理をつくったりと、日常の生活の中で人間を磨き上げる道ですから、易しそうですが、大変な道でもあります。
論語という本は、いろんな人が書いて、いろんな人が読んで、いろんな解釈の仕方があって、しかも決して古くならない。ここには人生の答えはないのです。あるのは孔子とその弟子の問答だけ。そこから何をくみ取るかが大事なんです。
古きを温めて新しきを知る。温故知新という言葉がありますが、マクロビオティックをやるということは、そういうことなんです。古い先人の知恵をたずね歩いて、そこから何か現在に生かせるものがあるということなんですよ。
自分が何か壁にぶちあたって答えを求めて、あ、そうだったのかと。でも求めていない人には、答えは出てこない。求め続けることが非常に大事。
正食をすると初めは、すきっとしてくる。でも、すきっとしてくるんだけれど、それがずっと続くかというと、必ず波打つんですね。これでしめたと思ったら、あれまたおかしい、その繰り返しなんです。
だからわかったようなんだけれど、すぐ次の壁が出てきて、そういう繰り返しの中で少しずつわかってくる。そして、死ぬ頃には何となく人生はこういうものかと、納得して死ぬ人はいいけれど、できないまま死ぬ人も多いのです。
(2010年1月号「岡田定三会長 新春インタビュー」)
それらはいずれも、その時どきの時代の変化に右往左往しがちな私たちに、マクロビオティックという不動の灯台からあたたかな光を与えて、勇気と自信をよみがえらせ、向かうべき指針をさし示す羅針盤(コンパス)ともなりました。そんな中から、本誌に掲載された晩年の文章をいくつか紹介します。
なお、再録にあたっては、初出時の文章の一部にとどめ、読みやすいよう再編集しました
健康と平和

20人ぐらいの若者がいる中で、私一人が高校生、一年生。いきなり、「君ね、嫌いなものがあるだろう?」「はい、あります」「嫌いなものを好きになるにはどうしたらいいんだ?」と。
妙な質問をされるなあと思って、桜沢先生は、質問したら必ず即答を要求される先生でしたので、なにか答えなきゃいけない。それで、その時は「はい、私は、嫌いなものを別に好きになる必要はないと思います」と素直に思ったとおりに答えたんです。「うーん、傲慢なやつだな」とひと言おっしゃった。傲慢というのはどういう意味かなと、もうひとつよくわからなかったんですが。
実は嫌いなものが多ければ多いほど、人間的にみると器が小さいということです。そのことに50歳ぐらいの時、ふっと気がつきました。
そうすると、人類が求める平和を実現しようとしますと、個人個人の内なる問題を根本的に解決する方法を見出さない限り、人類全体の平和なんてものはありえないなと。個人個人が争う心、対立する心、嫌なものがいっぱいある心。排他性ですね。それをなくしていかないと、平和といっても実現は理想でしかない。絵にかいた餅だと。
私はこの料理教室をやっていて、食を変えたら、人間の心が変わるんだと。和やかになりました、人に感謝する気持ちが湧いてきましたとか、これはすごい道だなと。そこで桜沢先生が戦後、昭和22年か23年頃、「世界政府」という新聞を出されて、平和運動をおやりになった意味が初めてわかった。
マクロビオティックをやっていまして、この頃、年を経るごとに、桜沢という先生の偉大さを、これほどの人を理解する日本人がほとんどいないということに、私はもう残念で仕方がない。
それほど、この桜沢という人の思想というか哲学というか、本当に日本が誇るべき最高の世界遺産がここにある。すべての人が求める幸福への道、平和への道、そういうことを歴史上で、初めて、食を通じてやろうとした。つまり、生物学的、生理学的な面からの人間革命です。
(2010年4月号「岡田定三会長講演録 感性的正食のすすめ」)
温故知新
—マクロビオティックの考え方は、東洋思想や東洋精神がわからないと本質はつかめないのですか?マクロビオティックは学校で習う学問とは違います。生きた実学ですから、知識を得るだけではダメなんです。玄米を炊くことだけでも、繰り返しが必要です。きんぴらごぼうがうまくつくれるには、相当の稽古が必要です。身についたものにならないと本物ではない。
だから、陰陽や望診法の勉強もいいんですが、そういう知識を得ても、その人の人格とか中身が立派になるわけではない。
人間を磨くということは知識を得ることではない。知識も必要ではありますが、この体を使って掃除をしたり人に親切にしたり、笑顔で周囲を明るくしたり、家族のためにおいしくて健康になるような料理をつくったりと、日常の生活の中で人間を磨き上げる道ですから、易しそうですが、大変な道でもあります。
論語という本は、いろんな人が書いて、いろんな人が読んで、いろんな解釈の仕方があって、しかも決して古くならない。ここには人生の答えはないのです。あるのは孔子とその弟子の問答だけ。そこから何をくみ取るかが大事なんです。
古きを温めて新しきを知る。温故知新という言葉がありますが、マクロビオティックをやるということは、そういうことなんです。古い先人の知恵をたずね歩いて、そこから何か現在に生かせるものがあるということなんですよ。
自分が何か壁にぶちあたって答えを求めて、あ、そうだったのかと。でも求めていない人には、答えは出てこない。求め続けることが非常に大事。
正食をすると初めは、すきっとしてくる。でも、すきっとしてくるんだけれど、それがずっと続くかというと、必ず波打つんですね。これでしめたと思ったら、あれまたおかしい、その繰り返しなんです。
だからわかったようなんだけれど、すぐ次の壁が出てきて、そういう繰り返しの中で少しずつわかってくる。そして、死ぬ頃には何となく人生はこういうものかと、納得して死ぬ人はいいけれど、できないまま死ぬ人も多いのです。
(2010年1月号「岡田定三会長 新春インタビュー」)
→続きはむすび誌のバックナンバー(むすび誌2011.5月特集記事)で
